本来無一物

本来無一物

時に極端に、時にふらふら〜と生きている日常を綴ってます。

貧しいことは美しいことです

 

私の尊敬するマザーテレサの言葉。


貧しさは嫌い。
特に心の貧しさは醜く目も当てられない。

それでも貧しかった幼少期の価値観が良くも悪くも私を形成した。

貧しかったからこそ物の有り難さを知った。
食べ物が質素でも、住居が古くても普通の人よりは耐性がある。
というよりも寝床があって食べるものがあることがありがたい。
大人になってどんどん贅沢にはなっているけれどこういう価値観は大事にしたい。
与えてもらえたことに不満を言うようになってはいけない。
貧しくないとわからないことが世の中ある。
貧しいと余計なものがどんどん削ぎ落ちていく。
大切なものだけが残る。

その大切なものだけを失わないように日々生きれたらそれこそ幸せなんだろうな。

しばらくは強欲に生きてしまうと思いますが。
時にはこんな価値観も大事にしたいものです。

身近な人が苦しんだ時、手を差し伸べられるか

もし、差し伸べることができないならどんなに人に優しくしてもそれは偽善と思う。

 これはあくまで主観で他者の価値観を否定するつもりは全くない。

 

なぜこんなふうに思うのかと言うと、私が家族に優しくできないからである。

困っている人、苦しんでいる人がいると助けたいと思うのに、いざその局面に立たされると動かない。

言うだけただの偽善である。

 

今まで催促され金銭的援助を家族にしてきた。

そのことで自分が卑屈になって他者を疎むようになり、家族にすら無関心になってしまったのだけれど、最近ショックなことを親戚に聞いた。

 

 

母親が、骨折したらしい。

 

 

その事実を長らく知らされておらず、母からの金銭的援助の催促に辟易していたのだ。

私が母からの連絡を無視している間は母は歩くこともできず、愚痴を吐くこともできず、父からは病院に行く金もないからと放置されたらしい。

 

今の時代骨折したにも関わらず放置されるなんて。

苦しむ人間を放置する人間が父親で。

そこまで父を鬼に変えてしまったのが母親で。

 

そこまで二人が苦しんでしまったのに関わりたくないとこれ以上逃げることは、私が人としての在り方を問われているように感じる。 

ここで逃げてしまったらいずれ私がなるべき人としての在り方が決まってしまう。

 

他人に優しくしようと思う前にやるべきことがある。

どんなに辛くても決断しなくちゃいけないことがある。

 

両親のために出来ることを探し、考えてはいた。

でもそれを実行しなかったのは今の幸せを手放すから。

我が身可愛さに決断できなかった。

 

でも、これ以上はもう駄目だ。

決心が揺らがないように、姉に新幹線をとってもらい実家はいってもらうことにした。

移動費は私が出す。

残念ながら仕事を休むことができなかった。

来月から怒涛の試練が待ち受けているように思うけど、自分自身の為にも向き合って解決していこうと思います。

 

心を亡くすと書いて忙しい

大人になってこの言葉の意味をひしひしと痛感しております。

 

ダブルワーク上等!

残業大歓迎!

 

そんなふうに思っておりましたが20代半ばになり、10代、20代前半の時にあった勢いの衰えを実感したのか忙しさが意外と堪える。

プライベートでも興味の出ることが増えたせいか、仕事に奪われる時間が惜しく思う時もある。

けれどお金が必要なので働かなければいけない。

学びの多い仕事は楽しいけれど、試練も多い。

1日、人生の大半を仕事に費やすのは無駄とは言わないけれど酷く気力を奪い消耗してしまう。

だからそこそこ頑張って、お金を稼いで。

プライベートも充実させているのが世の女性(そういうふうに見える)。

でも欲張りな私は気持ちばかりは仕事も全力、趣味も好きなだけ費やし、人間関係も臆病なくせに良好でいたいと思う。

これじゃ疲れるなーと自分でも思う。

 

どこかで忙しさで優劣をつけてしまっている。

忙しくて心が亡くすくらいなら余裕を持てばいいのにそれが出来ない。

 

つくづく欲張りな自分に嫌気がさしつつも、欲張りでいると決めたならそれなりの覚悟もまた持っていたい。

覚悟が具体的にどんなものかまだわからないけど、プラスなものでありたい。

責任は伴いつつも他者に迷惑かけたり、不快に思わせることは避けたい。

それもまた、覚悟かなと思います。

読書の秋と言いますが。

感化されているのか毎年この時期になると本を読み始めます。

大人になり子供の時ほど読まなくなりましたが、この時期からの巻き返しで年間20冊ほどは読んでいる気がします。

成功者は年間の読書量が半端ないので真似したいと思いつつ凡人の私には20冊ほどが今の限界です。

最高で一月に8冊なので、毎月読めばそれなりになるのだろうけど、読まない時は1ページも読まないからな。

でもこの時期はやっぱり読みたくなって買いだめしていた本を漸く熟読中。

本を読んでいた子供時代はアタマの回転の速さに自信があったのだけど現在はその恩恵のカケラも残っておりません。

 

いつか本漬けの生活を1週間くらいするのが私の夢。

 

ちなみに集中しての読書はストレス発散になるらしい。

 

普段本を読まない人もこの時期くらいは本に触れてみたら新しい自分を発見できるかもしれません。

歌うために生まれた神様

この人人間だけど神様じゃないか?

そう思う人物を最近発見。

 

伊東えりさん。

 

誰だ、それって方に説明するならば『美女と野獣』のベルの声の人というとわかりやすいだろう。

 

実写版美女と野獣を観に行ってアニメ版を久しぶりに観て。

美女と野獣って人気だから映画以外にもDVDが出ているんですよね。

『ベルの素敵なプレゼント』というクリスマスのお話で、『ストーリーズ』という曲を聴いてびっくり。

伊東さんってこんなに歌上手いの⁉︎って。

本編でも歌ってるけどベルの魅力って印象しかなかった。

でもこの『ストーリーズ』は歌声をじっくり聴くような描写(ベルが物語を視聴者に見せているような感じ)なので、伊東さん自身の歌の上手さが際立った。

 

もともと伊東さんは劇団四季の『夢から醒めた夢』のマコなどを演じていた舞台役者なので俄然興味が湧いた。

 

youtubeで彼女の歌声を聴いて、特に印象に残ったのは『ベルナデットの歌』。

ルルドの奇跡』というミュージカルの歌なんだけど、聴いた瞬間、本気で伊東さんは神様なんじゃないかと思った。

歌う為に生まれた神様。

歌が上手い人は大勢いるけど、心が救われる歌声の人ってそんなに多くないんじゃないかな。

 

あと、梶浦由記さんという作曲家さんが好きなのだけど、彼女の楽曲に多数参加している伊東さん。

今まで外国の方が歌っていると勝手に思っていた曲も伊東さんだったと知り驚愕。

曲によっては子守唄のように心地よいです。

安眠作用があるんじゃないか?(笑)

 

余談ですが、彼女の歌うオペラ座の怪人が誰の歌声よりも好きです。

こんなソプラノが出せるのかと。

 

11月に伊東さんの出演する舞台にも行く予定。

伊東さんのおかげで楽しみが増えました。

 

心に余裕がなくなったり、疲れ果てた時、伊東さんの歌で癒されます。